大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)446号 判決

本件公訴事実は「被告人中田みつは昭和二十五年一月十二日頃金沢市味噌蔵町下中町所在の横川ハル方に於て同人から昆布買受資金六万円借用するに当り被告人所有の同市七宝町十五番地の一宅地二十四坪、同番地家屋番号第四十五番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十九坪五合外二階二十坪五合を売渡担保として以て右不動産所有権を移転したところ右不動産の登記面が自己に存して該不動産が被告人の占有に属しているのを奇貨とし同年十二月初頃被告人方に於て之を擅に東彌三郎に代金二十六万五千円で売却して横領したものである」というのであり、原審は右事実を挙示の証拠により全面的に是認し被告人に有罪の判決を言渡したものである。しかし挙示の証拠によれば被告人が判示日時判示の横川ハルから判示六万円の金員を借用するに当り被告人所有の判示宅地及建物を担保に提供したことは明かであるが、該担保権の種類、性質に関する当事者の意思が起訴状並に原判決のように右六万円の債務に対する売渡担保(起訴状記載の名称)又は譲渡担保(原判決記載の名称)として即時に所有権を債務者たる被告人から奪い判示債権者に帰属せしめる趣旨であつたものと認めるに足る資料を見出すことが出来ない。むしろ右貸借に当り契約の当事者間に授受せられた関係書類を検すると、証第一号借用証並に其の附属明細書は本件物件に対する第一番抵当権設定の意思表示を記載しているに反し証第五号売渡証は同一物件の売渡文言を記載しているのであるが、右二個の意思表示は同時に効果を発生する為には互に矛盾衝突する相反概念であつて、即ち前者が効果を生ずる為には後者の効果を生じないこと従つて所有権が買受人たる債権者に移転しないで売渡人たる債務者に保留せられることを必要とし、反対に後者が即時効果を発生して所有権が債務者たる売渡人から離れて、債権者たる買受人に移転すれば前者即ち抵当権設定契約の発効する余地がないのである。故に証第一号借用証においての抵当権設定の意思表示と証第五号売渡証における所有権移転の意思表示とを両立併存せしめうる為には(本件においてその一方を虚構と認むべき資料はない)後者即ち所有権移転の効力の発生を他日に起る何らかの期限、条件又はその他の当事者の行為にかからしめたものであり、即時に所有権の移転を企図したのではないものと認めることを必要とする。そしてこのような認定は全文不動文字の印刷文言から成る証第五号に被告人の住所と署名捺印があるのみで代金、日附並に名宛人など、重要事項の記載が留保されていること、本件物件に対する被告人の使用関係につき賃貸借又は使用貸借などの通常の売渡担保について慣行せられる附従契約の為されなかつたこと、借受金六万円は本件不動産の価額に比し頗る低額であること、などの事実に鑑みても妥当なものと認められる。果してそうだとすれば、原判決が、被告人と前記横川ハル間において判示六万円の貸借を担保する為め判示日時不動産の所有権移転が行われた旨の事実を認定し、同認定に基いて被告人に本件有罪の言渡をしたのは罪となる事実を誤認したものであり、同誤認は判決に影響を及ぼすものであるから刑事訴訟法第三百九十七条により破棄を免れない。

(弁護人の控訴趣意)

第一点 原判決は実に実大な事実の誤認のある違法である。即ち原判決理由に被告人は昭和二十五年一月頃金沢市味噌蔵町下中町十四番地ノ八所在横川春方で同人から昆布買受けの資金として、金六万円を借用するに当つて同人に対し被告人所有の同市七宝町十五番地ノ一宅地二十四坪及同番地家屋番号四十五番木造瓦葺二階建十九坪五合を所謂譲渡担保として其の所有権を移転した処右不動産の登記が自己に存していて尚自己に於て専有しているのを奇貨とし同年十二月初め頃之を檀に代金弐拾六万五千円で東彌三郎に売却して横領したものであると判示した。然れどもこの問題は原審が誤つた事実を認定しているのである。即ち押収に係る借用証一通(証第一号)と売渡書壱通(証第五号)及証人横川春の原審における供述、被告人中田みつの供述で之を綜合判断すると右判示事実が誤認である事を容易に判明するのである。

証第五号証(売渡証)を仔細に検討するに被告人は金沢市七宝町十五番地ノ一に在る木造瓦葺二階一棟建坪十九坪五合の建坪を売渡す旨及売渡人を中田みつと記載して捺印しておるが之の証書は言うまでもなく未完成の書類である。勿論宛名人の記載もなければ売買の対価其の他売渡しの条件を何等記載してなく後日本当に売買する時に真の売買条件を記載する所謂白地仮売買証であつた。斯る白地売渡書は当事者の間では一種の予備的行為で後日必要の場合には本契約を締結する予約でもあつた。若し不幸にして被告人が第一号(借用証書)の貸金六万円の返済がない時は証第五号を活用して本契約の履行を迫り一方登記法第三十二条に基き不動産売買の優先的地位を保全し結局債権の満足を得んとするものであつて之が所謂此種金貸業者の常套手段である。要するに前記行為は一種の予備的行為に止まり其の書類も総て予備的に止まり横川春に対し譲渡担保に供した事は絶対にないのである。殊に当事者は担保権設定の意志表示した事実は毫もなく又民法百七十七条の規定による登記した事実のない事は登記簿上明らかである。従つて横川春は固より何人に対しても所有権を移転した事はない。又自己が占有する事を奇貨として擅に処分した事もないのである。

原審は証第五号の成立関係を充分呑み込めなかつた為証第五号を証第一号の関係を咀嚼出来ず充分わからない乍ら判断したものと思料せらるゝのである。被告人中田みつの供述と横川春の供述から看ても当時当事者が其の建物の所有権を譲渡する契約をしなかつた事は事実である。尚又時価五拾万円の値ある土地家屋を僅かに其の十分の一の金六万円で売ると云う馬鹿げた話は到底常識では考へられない事柄である。之を要するに証第五号の証書は高利貸の常套手段で斯様な証書に印を押させて債権保全の方法と為すものである。今之の証書を無視する様な背信的行為を為したならば其の証書に基き権利保全を為せばよいのであつて、之を刑事事件に当らせ不動産を横領したと謂うが如きは正に主客転倒の議論であると思う。大審院及び最高裁判所の示す判例に依れば斯る信託行為に於いては信託行為を無視して横川春の立場にある者が其の不動産を処分した場合に之を横領罪が成立するとある(大審院大正八年(れ)第一一九九号同年七月四日刑一判決其の他多数の判例がある)されば前記被告人の行為は全然犯意はない。従つて犯罪不成立であるのに不拘之を有罪と認めた原審判決は実に重大なる事実の誤認であつて不法も又甚しいから到底その判決破棄を免れないものと信ずる。

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